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浦和地方裁判所 平成3年(ワ)364号 判決 1992年12月16日

原告

秋葉友之

法定代理人親権者父

秋葉和延

同母

秋葉みち子

右訴訟代理人弁護士

勝山勝弘

被告

与野市

右代表者市長

井原勇

右訴訟代理人弁護士

岡村茂樹

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金四三三万六一五〇円及び内金三七三万六一五〇円に対する昭和六三年二月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二  当事者の主張

(請求原因)

一  当事者

1 原告(昭和四九年三月二日生)は、後記の本件事故発生当時、埼玉県与野市立八王子中学校(以下「八王子中学校」という。)二年一組に在籍中の生徒であった。

2 被告は、八王子中学校の設置者で、同中学校を管理、運営している。

二  本件事故の発生

1 昭和六三年二月一七日、八王子中学校二年一組の第三時限目の授業(以下「本件授業」という。)は体育の森慶太教諭(以下「森教諭」という。)が担当するサッカーであったが、同教諭が休暇をとったことから、原告を含む同二年一組の男子生徒らは、自習として、教師不在で、かつ、主審や線審もつけないままで、サッカーの試合を行った。

2 原告は、そのサッカーの試合中、同級生の訴外倉兼雅人(以下「倉兼」という。)とこぼれ球を蹴りあった際に、腹部を同人の膝で蹴られ、外傷性膵炎、仮性膵のう胞及び腹膜炎の各傷害を負った(以下「本件事故」という。)。

三  被告の責任

1 サッカーの試合の危険性と安全保護の義務

(一) 体育の授業、中でもサッカーの試合をする場合を考えると、生徒が授業中に怪我をすることもありうることは当然に予想できるところであるから、授業としてサッカーの試合を行う場合には、専門の教師による適切、充分な指導によって、生徒の安全を保護していく必要があり、学校の管理者としてそのような保護を行うことは当然の義務である。

(二) 授業としてサッカーの試合をする場合に、生徒らの安全を保護するためには、奥田真丈ほか監修「学習指導要領の解説と展開」にも記載されているとおり、生徒の技能に合わせて、プレーする人数や、コートの広さ、試合時間、ルール適用の順序等に工夫をこらすなどの配慮が必要となるし、また、主審や線審を置いて、危険なプレーが行われないよう実際の場面に応じた判定がされるように指導することが必要である。そして、試合といっても、体育の授業として行われるものに過ぎないから、ルール違反がない場合でも、危険性があるならばプレーを中断させるべきであり、そのためにも、教師が直接立ち会って指導、監督しなければならない。

2 過失と因果関係

(一) 校長の過失

しかし、当時の八王子中学校校長関根宮夫(以下「関根校長」という。)は、森教諭が休暇をとったため、二年一組の第三時限の体育の授業について担当教員が不在になることを知りながら、同授業を自習とし、専門の体育教諭はおろか、全く教師を配置しないままに、生徒らにサッカーの試合を行わせた。

(二) 渡辺教諭の過失(予備的主張)

仮に、代替教員として渡辺明雄教諭(以下「渡辺教諭」という。)が配置されていたことが事実であるとしても、同教諭は、生徒らに対してサッカーの試合を行わせながら、自らは職員室にいて試合に何ら立ち会っておらず、また試合前の指導に関しても、生徒らに試合時間を指示したり、主審や線審を置くこと、さらにはサッカーの実技自体についても危険なプレーをしないようにすることなど、サッカーの試合を行うにあたっての指導、監督を何もしないままであった。

(三) 本件事故は、関根校長あるいは渡辺教諭の右過失により生じたものである。

被告は、本件事故が突発的なものであり、教師が立ち会っていたとしても本件事故を防ぐことができなかったとして、因果関係を否定するが、サッカーの試合において生徒が交錯し、怪我をすることは経験的に予見可能なことであり、予見可能である以上、突発的な事故といえないことは当然である。被告は、そのような事故が発生することのないように、教師を配置して、生徒に教育、指導、監督をすべきである。

3 被告の責任

(一) 被告は、八王子中学校の設置者であり、関根校長及び渡辺教諭はいずれも同中学校に勤務して、被告の公権力の行使にあたる公務員である。

(二) そして、関根校長ないし渡辺教諭の前記違法な行為は、同人らが職務を行うについてなしたもので、かつ、その職務遂行について重過失によって不法行為に及んだものであることは明らかである。

(三) よって、被告は、民法七一五条又は国家賠償法一条一項に基づき、原告の後記四の損害について賠償すべき責任がある。

四  損害

1(一) 原告は、本件事故によって外傷性膵炎になり、本件事故当日から昭和六三年六月一七日まで通算一二〇日間入院し、さらに同月一九日から同年八月三〇日まで二週間おきに通院して、経口剤の投与を受けたが、その治療経過は次のとおりである。

(1) 原告は、入院当初、膵臓から大量のアミラーゼが出たうえ、膵臓の痛みがひどく、水分を含む一切の食物の摂取を禁止され、二四時間点滴を受ける状態となった。

(2) 原告は、同年三月ころ、腹膜炎を併発して腹水がたまり、同月一九日に開腹手術を受けたが、右手術の結果、原告の腹部には二〇センチメートルを越える手術痕と六か所のドレーン跡が残った。

(3) 原告は、膵臓機能の低下により三か月間絶食を余儀なくされた。

(二) また、原告は、本件事故によって学業が遅れ、希望していた県立高校の受験を断念せざるを得なくなり、極度の精神的損害を被った。

2 入通院慰謝料等

(一) 入通院慰謝料 二四七万円

原告は入院を四か月、通院を九か月一四日したところ、同人の前記1の絶食及び重篤な状態を考慮すれば、通常の入通院慰謝料一九〇万円の三割増の二四七万円が相当である。

(二) 入院付添費

七二万円(一日当たり六〇〇〇円)

(三) 入院雑費

一四万四〇〇〇円(一日当たり一二〇〇円)

(四) 後遺障害等慰謝料

七五万円

3 弁護士費用 六〇万円

原告は本件訴訟の弁護士報酬として、六〇万円を訴訟代理人に支払うことを約束した。

五  よって、原告は、被告に対し、民法七一五条又は国家賠償法一条一項による損害賠償請求権に基づく損害賠償として右損害額の一部である金四三三万六一五〇円及び内金三七三万六一五〇円に対する損害の発生した日である昭和六三年二月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(請求原因に対する認否)

一  請求原因一1、2の各事実は認める。

二1  同二1は認める。ただし、教師不在を認めるといっても、渡辺教諭が生徒らに対し、試合前に注意し、試合中も観察を行っていたことは、後記のとおりである。

2  同二2の事実のうち、原告が受けた傷害の内容は不知、その余は認める。

三1  同三1のうち、サッカーが比較的激しいスポーツの一つであることは認めるが、その法的な主張は争う。

原告は、小学校、中学校を通じてサッカーのルール、ゲームについて指導を受けており、八王子中学校でも、本件事故の以前から、森教諭から生徒らに対し、危険なプレーについて注意し、安全を心がけて取り組むように指導がなされていただけでなく、本件事故の直前には、サッカーの試合を中心にした授業を行って、試合に立ち会って、生徒らを観察し、指導してきていた。二年一組の男子らは、休み時間にも校庭でサッカーに熱中していた事実もあったのである。しかし、二年一組の男子にあって、危険なプレーが頻発したとか、ルール無視の試合運びがされるということは皆無であったし、原告及び倉兼の両名についても、ともに平均以上の運動神経を持つ生徒で、試合中に問題とすべき行動もなかった。

2  同三2について、

(一) 三2(一)は、関根校長が教師を配置しなかったとする点を否認するが、その余は認める。代替教員として渡辺教諭を配置した。

(二) 三2(二)の事実のうち、渡辺教諭が代替教員として配置されたこと、二年一組の生徒らがサッカーの試合をしている間、同教諭が職員室にいて、別の作業をしていたことは認めるが、その余の事実は否認する。

渡辺教諭は、授業の開始前に二年一組の体育委員を呼んで、三時限目の授業は自習とするが、準備運動を行ったあと、トラックを二周し、さらに一〇ないし一五周の持久走をしたうえで、サッカーの試合を行うように指示している。そして、その際、安全に気をつけるように念を押し、生徒同士で「怪我をしないように。」「しっかりやろう。」と声をかけあうように指示もした。また職員室は、サッカーの試合をしているグランドを見通せる場所にあるが、渡辺教諭はそこからグランドを四回ほど観察し、特に問題がない状況であることも確認した。原告は、渡辺教諭が指導、監督を何もしていないと主張するが、事実ではない。

(三) 三2(三)は否認する。

本件事故は、サッカーの試合中、フォワードの原告と、相手方チームのゴールキーパー倉兼の両名がゴールポスト前でともにボールを追いかけ、ボールをほぼ同時に蹴りあった際の接触によって生じたもので、いわば突発的な事故であり、事故の当事者のいずれを責めることもできなければ、学校や、教師の過失を問題にすることもできない。

また、原告は、教員が立ち会っていれば本件事故が防げたとするが、仮に教師が立ち会っていたとしても、ゲームの通常の流れの中で行われた原告と倉兼のプレーを中断させることは、不可能もしくは著しく困難なことである。言い換えると、教師が試合に立ち会っていても、本件事故の発生を防ぐことはできなかったわけであるから、教師の立会いの有無と本件事故との間の因果関係を認めることはできない。

3  同三3のうち、(一)は認めるが、(二)(三)については否認ないし争う。

渡辺教諭が事前に自習指導を行っていたこと、同教諭が自習中も何回か自習の様子を観察していたこと、本件事故がゴールポスト付近の攻防の中で突発的に発生したものであることなど、前に主張したとおりであって、いずれにせよ、被告は本件事故について責任がない。

四  同四の事実はいずれも知らない。

五  同五は争う。

(抗弁―損失填補―)

仮に、被告に何らかの責任が認められるとしても、被告は、昭和六三年七月一六日、原告の保護者に対して見舞金名目で三〇万円を支払った。

(抗弁に対する認否)

抗弁の事実は認める。

第三 証拠<省略>

理由

一請求原因一(当事者)及び同二(本件事故の発生)の事実は、原告の受傷内容を除くと、当事者間に争いがない。

そして、証拠(<書証番号略>、原告秋葉友之)及び弁論の全趣旨によれば、原告が本件事故によって外傷性膵炎、仮性膵のう胞及び腹膜炎の各傷害を負ったことが認められ、これに反する証拠はない。

二本件授業が自習とされた経緯等

本件事故が発生したサッカーの試合が正規の授業であったことは前判示のとおりであるが、教師がその試合に直接立ち会っていなかったことも当事者間に争いがない。証拠(<書証番号略>、証人倉兼雅人、証人渡辺明雄、原告秋葉友之)及び弁論の全趣旨によると、授業がこのように自習とされ、教師も立ち会わなかった経緯は、次のように認められ(一部争いのない事実も含む。)、これに反する証拠はない。

1  二年生の体育担当であった森教諭が風邪をひいて休暇をとったため、本件事故当日は、一年生と三年生の体育担当であった渡辺教諭がその指導にあたることになったが、渡辺教諭は、本件事故当日、次の職員会議に提出する資料を作成する予定であったことから、本件授業を自習とすることにし、単元指導としてサッカーの指導が行われていたことに則って、生徒らにサッカーの試合を行わせることにした。

2  本件授業は二年一組と同二組の男子生徒の二クラス合同授業であったため、渡辺教諭は、本件授業の開始前に、各クラス一名ずつの体育委員を呼んで、本件授業を自習にすること、授業開始後は、全員ジョギングでグランドを二周し、準備運動、補強運動をし、次いで二〇〇メートルトラック一〇周の持久走を行ったうえで、サッカーの試合をすること、準備運動を充分に行って怪我をしないようにすることを指示した。しかし、試合中、審判を置くこと、ハーフタイムをとることについての指示はしなかった。

3  渡辺教諭は、本件授業が終了するまでグランドに面した二階の職員室で前記の資料作成作業を行っており、その作業の途中で、職員室の窓越しに、準備体操、試合開始前及び試合中の各様子を窺ったものの、結局、本件授業が終了するまで試合が行われた校庭に出ることなく、本件事故の発生にも、その当日の夕方まで気づかないでいた。なお、職員室内の渡辺教諭の机は窓際から事務机二個分離れたところにあった。

三本件事故とその前後の状況

証拠(<書証番号略>、証人倉兼雅人、証人渡辺明雄、原告秋葉友之)及び弁論の全趣旨によれば、以下の各事実(一部争いのない事実も含む。)が認められ、これに反する証拠はない。

1  本件授業は五〇分授業で、午前一〇時五五分に始められたが、二年一組と同二組の男子生徒はそれぞれクラスごとに別のコートに別れてサッカーの自習をすることとし、原告が在籍していた二年一組の男子は、準備運動後、男子各一〇名程度の二チームに別れて、校舎寄りのコートでサッカーの試合を行った。なお、主審、線審は置かれないままであった。

2  原告は東側から西側に向かって攻めるチーム(以下「Aチーム」という。)の右ウィング、倉兼は西側から東側に向かって攻めるチーム(以下「Bチーム」という。)のゴールキーパー(ただし、試合当初はフォワードをしていた。)であった。原告はバレー部に所属する生徒であり、倉兼は活発な生徒であって、ともに平均以上の運動能力があった。

3  試合開始から本件事故発生までの間、ルールを無視したプレーやラフ・プレーなどはなく、ハーフタイムはとられないまま、試合が続いていた。

試合開始から約三五分経過した午前一一時三〇分ころ、Bチームのゴールキーパーであった倉兼がボールを一旦キープしてセンターライン方向へキックした。しかし、ボールはAチームにカットされ、AチームはボールをパスしながらBチームのゴールをめざしてきた。その後ボールはこぼれ球のような状態で、ほとんどバウンドしないまま、ペナルティエリア付近をゆっくりとBチームのゴール方向に向かって転がる状態となった。付近には、ゴールポスト近くにいた倉兼と、右ウイングの位置にいた原告とがおり、それぞれボールをクリヤーし、あるいはシュートしようと、ボールをめがけて勢いよく走り寄り、ともにその走ってきたスピードで、お互いに向き合う形のまま、ほぼ同時にボールを蹴り合った。原告と倉兼が走り寄った距離は、互いに数メートルずつであって、ボールを蹴り合った地点はBチームのペナルティエリア内に少し入った地点である。ボールを蹴った際の姿勢は、お互いに、体を立てたままで、ともに右足の甲部で蹴ったものである。なお、蹴られたボールはBチーム側ゴールと反対側の方向に飛んで行った。

4  本件事故は、その際に生じたもので、倉兼の右膝付近が原告の腹部付近に当たったというものであるが、以上の経緯からすると、倉兼の膝が原告の腹部に当たったのは、倉兼がボールを蹴り終わった直後のことであると認められるし、また、転がってきたボールが高くバウンドしていたわけではないことからすれば、倉兼の右プレーが、足を腰の高さより上に蹴り上げたとか、原告をおびやかすほど近くで足を上げたものと認めることもできず、倉兼のプレーが特に危険なプレーと認めることはできないし、ルールに違反している事実はない。他方、原告の右プレーについて、オフサイド、キーパーチャージ等のルール違反があったとも認められない。

5  原告は、倉兼の膝が腹部に当たった直後、痛みを感じ、腹部を手で押さえたままその場にしゃがみ込んで数分間起き上がることができなくなり、結局、本件授業が終了するまでコートの端で横になって休んでいた。原告は、痛みも徐々に治まってきたように感じたため、その後の第四時限目の社会の授業を受け、さらに給食も摂り始めたが、その給食中に、腹部に再度痛みを感ずるようになり、保健室に行って休んだ。しかし、痛みは強まる一方なので、午後一時ころに家族に連絡をとってもらったうえ、かかりつけの川村医師の診察を受けたところ、内臓破裂のおそれがあると診断され、急ぎ、救急車で日赤病院に転院し、治療を受けることになった。

6  なお、八王子中学校では、本件事故があってから後、体育担当教諭の一人が不在となるような場合には、残り二人の体育教諭が体育館、グランドに直接出て、授業をそれぞれ担当するようにしている。

四被告の責任

1  校長、渡辺教諭の過失について

(一) 請求原因三3(一)の事実は当事者間に争いがない。

公立中学校の設置者は、心身の発達過程にある多様、かつ、多数の生徒を、包括的、継続的な支配、監督の下に置き、生徒らに対し、その支配、管理している施設や設備を利用して、所定の教育計画に従った教育を施しているわけであるから、設置者としては、そのような特別の法律関係に入った者に対して生命、身体の危険が及ぶことのないように、その危険から保護すべき義務を負っているといわなければならない。八王子中学校の場合も同様であって、校長、教諭らの学校教育の任に当たる者は、生徒らの心身の発達状況に応じ、生徒に対して生ずる生命、身体への危険から生徒を保護し、もって学校事故の発生を防止すべき注意義務を負うものということができる。

特に、本件事故は、自習という形であれ、八王子中学校の正課授業中に起こったものであり、生徒は、その間、担任の教師から直接に指導を受け、その指導のもとで行動することを求められていることからすれば、正課授業中において生ずる危険性を回避するための安全配慮義務というものは、担当教諭がほぼ全面的に負担していると解されなければならない。

(二) ところで、本件授業の内容がサッカーの試合を自習することにあったことは前判示のとおりであるが、そもそもサッカーは、ボールが競技者の身体に強く当たるとか、選手同士が体を接触し合ったりすることを当然に予定した激しいスポーツの一つであって、サッカーの試合は、競技者に対して常に一定の危険を伴っているものといえる。しかも、本件授業での試合の競技者は中学生であり、生徒は未だ心身ともに発達過程にあって、個人差も大きく、多様であることからすると、正規の授業としてサッカーの試合をするについては、競技者に対する危険はより一層大きなものとならざるを得ないのであって、そのようなことからすると、サッカーの試合を行わせるにあたっては、基本的な技術の習得に努めさせるだけでなく、ルールの習得や危険なプレーの回避というこを徹底し、加えて、指導者が試合に直接に立ち会って、その都度、個別の指導を繰り返すなどして、生徒らに無用の危険が及ぶことのないようにしなければならない。

(三) 本件事故について具体的に検討するに、前記の各証拠によると、八王子中学校では従来から体育にサッカーを取り入れ、二年一組の生徒らに対しても、本件事故が起きるまでの間に、ルールの説明や、基本的な技術の習得練習、試合形式による授業等を延べ一〇時間程度行ってきていること、その際に生徒らに対して具体的な危険が生じたようなことはなかったこと、原告ら生徒らもサッカーの習得につき一応の経験を有していたことは認められるが(他にこれに反する証拠はない。)、これらの事実を前提にしても、中学二年生の生徒らの心身発達が不充分で、多様であることからすると、授業としてサッカーの試合を行うにあたって、担当した代替教諭が試合に立ち会わず、試合進行をほぼ生徒らに任せきりにし、審判、線審をつけるような指示もしていないことなど前判示の諸点は、生徒らの安全を確保するについては不充分なものであり、森教諭にかわって担当した渡辺教諭には生徒らに対する安全配慮に欠けるところがあったと認められる。

(四) なお、原告は関根校長が森教諭の代替教諭を配置しなかったとも主張するが、同教諭にかわって同じく体育教諭であった渡辺教諭が二年一組の体育の授業を指導することになったことは前判示のとおりであり、関根校長について、原告主張の過失を認めることはできない。

2 因果関係について

(一) 本件事故が起きるまでの経緯と、本件事故が起きた際の状況については前判示のとおりであって、原告にも倉兼にもルール違反はない。本件事故は、サッカーの試合中において通常見られるプレーの最中において発生したものということができるのであって、倉兼のプレーは正当な行為であって違法と認められるところはなく、また、指導担当教諭が本件授業に立会い試合の審判ないし監視をしていることによって倉兼及び原告が心理的にも抑制されて当該プレーを差し控えるようなものでもない。

(二) ところで、原告は、指導担当教諭はプレーにルール違反がなくても危険性があるならプレーを中断させるべきであると主張する。

なるほど、前判示のとおり、授業として生徒がサッカーの試合をする場合には、勝負そのものが直接の目的ではないこと、生徒らの心身発達の状況が多様である他に、技術の習得が充分でない者も含まれていること、生徒は教師の指導に従って行動するのであって自主的な行動ではないことなどの各事情があるから、中学二年生が授業でサッカーの試合をするに当たっては、通常のサッカーの試合で競技者が守られている以上に指導担当教諭によって生徒らの安全を配慮した措置が採られる必要があり、生徒がプレーを続けることによって人身事故の発生に至る危険が予測される場合には、指導担当教諭は、教育的安全配慮義務の具体的内容として、ルール違反がなくても、ホイッスル等の合図等により生徒のプレーを中断させることが必要となるものと解される。

しかしながら、八王子中学校では既にサッカーの授業を重ねていて、授業としてもゲームを行うことができる段階に達していたこと、原告と倉兼はクラスの中でも平均以上の運動能力を持っていたこと、お互いがボールを蹴るまでの様子、蹴ったときの姿勢等は前判示のとおりであって、そのプレー自体は、一つのボールに向かってお互いが走り寄り、蹴り合うという、サッカーの試合の中でごく普通に行われているプレーにすぎず、そのプレーが行われた時のボールの位置、原告と倉兼のプレーする直前の姿勢、原告と倉兼の運動能力の均衡とをみても、原告と倉兼が行うプレーとして特に危険を感じるようなものではなく、事前にプレーを中断させるべき事態にあったとは認められない。

このような状況からすれば、渡辺教諭が本件の試合に立ち会って指導し、審判をつとめるなどしていたとしても、原告と倉兼とが接触する以前に二人のプレーを中断させることは極めて困難であったという他はなく、本件事故を防ぐことはできなかったと認めるのが相当である。

サッカーというスポーツ自体にある程度の危険が内在しているにもかかわらず、サッカーが中学校の体育授業の正課目として採用されているのは、その危険があるとは承知のうえで、参加する生徒の危険予知やその回避能力を養成することによって、社会生活上必要なものを体得させることを期待しているわけである。本件事故は、そのようなサッカー自体に内在する危険が不可避的に顕在化し、原告に少なからず重大な結果をもたらしたものという他はない。

(三) したがって、本件事故では、渡辺教諭に前記の過失は認められるが、仮に同教諭が本件授業の試合に立ち会うなどしていたとしても、渡辺教諭が本件事故を未然に防止することは極めて困難であったと認める他はなく、渡辺教諭の前記注意義務違反と本件事故発生との間には相当因果関係を認めることはできないと解される。

3  以上、民法七一五条、国家賠償法一条一項のいずれに基づくにせよ、本件で、過失と損害との因果関係を認めることは困難であって、結局、原告の本件請求はその余について判断するまでもなく理由がない。

五結論

よって、原告の本訴請求は、理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官山﨑健二 裁判官上原裕之 裁判官桑原伸郎)

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